この記事では、においと化学構造式の関係式についてくわしく解説します。
”におい”は化合物と関係あることは何となくわかるんけど、化学構造式とは何か関係あるのかな?
そんな疑問に香料メーカーで研究職として働いていたわたしがお答えします。
結論から言うと、”におい”と化学構造式には関係があります。
しかし、ほとんど同じ構造なのに全く違う”におい”がすることもあります。
不思議ですよね?
この記事を読むと”におい”と化学構造式の関係性について理解できます。
ぜひ最後までお読みください。
”におい”を化学的に理解する
「そもそも”におい”と化学って何か関係あるの?」と思った方は、まずは「においの正体を化学的に理解|分子量が350以下の揮発性有機化合物」を読むことを強くおススメします。
「”におい”とは何なのか?」というところから、わかりやすく解説しています。
におい(香り)の違いは、分子の骨格・官能基・立体異性体の違いによるもの
”におい物質”には、構造の違いにより大きく3つに分類することができます。
それぞれ解説します。
”におい物質”と骨格
分子の骨格による違いで、どのような”におい”がするか傾向を知ることができます。
- 鎖状化合物?
- 不飽和度は?
- 環を持つ?
- 芳香族化合物?
- ヘテロ環?
また、生体で作られる”におい物質”は合成経路(代謝)が共通するので、似たような構造を持つものが多く存在します。
例えばテルペノイド。
テルペノイドの最小単位であるモノテルペン(炭素数10)を見てみましょう。
炭素数が5のイソペンテニルピロリン酸(IPP)とジメチルアリルピロリン酸(DMAPP)からゲラニル二リン酸(GPP)が生合成されます。
このGPPからさらに生合成が進むと炭素数が10のモノテルペンである、ゲラニオール(Geraniol)、メントール(Menthol)などが生成されます。
GPPがさらにもう一つのIPPと反応すると炭素数が15のファルネシル二リン酸(FPP)となります。
FPPからさらに生合成が進むと炭素数が15のセスキテルペンであるネロリドール(nerolidol)やファルネソール(farnesol)などが生成されます。
5の倍数ずつ炭素数が増えていることがわかりますね。
特にモノテルペン・セスキテルペンは分子量が350より小さいため揮発性が高いです。
分子量が350以上になると揮発性が低くなり、匂いがしにくくなります。
炭素数で分類した場合、同じ炭素数で官能基も同じ場合は揮発性が似ていることが多いです。
分子量が小さいほど揮発性が高いので、モノテルペンはトップノート(一番最初に香る)からミドルノート(においの中心)に寄与します。
セスキテルペンはモノテルペンより重い分子なので、ミドルノートからラストノート(残り香、余韻)の重厚な香りに大きく働きかけます。
アミノ酸も”におい物質”に関係する?!
例えば、L-メチオニンはストレッカー分解(Strecker degradation)により含硫化合物のメチオナール(Methional)に分解されます。
メチオナールはさつまいもの香りで有名です🍠
お菓子の”さつまいも味”を食べると、何となく同じような香りしませんか?(失礼、調香師に怒られますね・・・)
・・・まあ、あの匂いだと思ってください(笑)
”におい物質”と官能基
同じような構造をしていても官能基が異なると、香りの質は大きく変わります(重要)。
ちなみに香料業界独特なのかもしれませんが、化合物をIUPAC名ではなく慣用名で呼ぶことが多いです。
IUPAC名を理解している人からすると、慣用名は取っつきにくいかもしれません(構造が予想しにくいから)。
同じ炭素数、同じ鎖状化合物であったとしても、アルコール・アルデヒド・カルボン酸では匂いの質がまるで異なります。
例えば、つぎの3つの化合物の例を見てみましょう。
化合物 | 構造式 | 匂いの質 |
---|---|---|
イソアミルアルコール (Isoamyl alcohol) | 蒸留酒、フルーティ | |
イソバレルアルデヒド (Isovaler aldehyde) | ファッティー、チョコレート | |
イソ吉草酸 (Isovaleric acid) | 納豆、汗臭い、チーズ |
また、S(硫黄)原子を有する含硫黄化合物、N(窒素)原子を有する含窒素化合物は、それぞれ特徴的な香りがすることが多いです。
そして、閾値も低いことが多いです。
化合物 | 構造式 | 匂いの質 |
---|---|---|
メチオナール (Methional) | サツマイモ、ポテト | |
4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン (4-Mercapto-4-methyl-2-pentanone) | トロピカル、カシスの芽、猫の尿 | |
2-イソブチル-3-メトキシピラジン (2-Isobutyl-3-methoxypyrazine) | ゴボウ、ピーマン |
因みに4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン(4-Mercapto-4-methyl-2-pentanone)は紅茶などから検出されており、かなりうすい濃度でも”におい”がする化合物です。
別名キャットケトンとも言います。
”におい物質”と立体異性体
立体異性体とは、構造式が同じでも立体配置が違う異性体のことです。
立体異性体には幾何異性体(シス-トランス異性体)と、光学異性体(鏡像異性体)があります。
構造がほとんど同じなのに、”におい”が全く違うって不思議ですよね。
それを理解するには”におい”を感じるメカニズムを知る必要があります。
”におい”を感じるメカニズム
まず、鼻に入った”におい分子”は鼻腔の奥にある嗅上皮に到達します。
嗅上皮は粘液で覆われており(嗅粘膜)、そこに”におい分子”が溶け込みます。
嗅上皮には1千万個以上の嗅細胞と呼ばれる感覚細胞があり、”におい”を感知するセンサーとして働きます。
ちなみに、イヌには2億個も嗅細胞があると言われています。
嗅細胞の先端には繊毛があって、その先端に”におい分子”を受け入れる”におい分子受容体”(嗅覚レセプター)があります。
におい分子受容体が匂い分子を捕まえると、嗅細胞が興奮し、電気信号として情報が脳の嗅球に伝わり、さらには大脳にある嗅皮質に伝達されます。
因みに、におい分子受容体の遺伝子は約1000個ありますが、実際に機能しているものは約400個だと言われています。
さて、前置きが長くなりました。
におい分子を受け取る”におい分子受容体”はキラル物質であるタンパク質で出来ています。
キラルとは右手と左手のように、鏡を通さないと重ね合わすことのできない性質のことです。
このような関係にある立体異性体を鏡像異性体と言います。
下の例は、乳酸の鏡像異性体です。
におい分子が入りこむ(結合する)ポケットもまた、キラルになっています。
つまり、お互いのハマり方しだいで”におい”の感じ方が大きく異なるということです。
ちなみに私の卒業した大学では「マクマリー有機化学」で勉強しましたよ。
さて、よく取り上げられる有名な例として、メントール( d-Menthol、 l-Menthol)があります。
メントールは、ハッカキャンディやミントの香りでおなじみの清涼感を感じる化合物。
メントールは、名前を聞いたことがある方も多いと思います。
実は、メントールはl-Mentholしかスースーしたクールな”におい”がしません。
くわしい話は「メントール(Menthol)とは?香りのプロがわかりやすく解説!」に書いているので、興味があればぜひ読んでみてください。
まとめ:におい(香り)と化学構造式には大きな関係がある!
この記事では、”におい”の違いについて化学構造式に着目して解説しました。
有機化学の知識も必要なので、少しむずかしい話もあったかもしれません。
とりあえず、「”におい”は分子のちょっとした形の違いで全然違うものになってしまうんだ」ということを知っていただけらOKです。
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